これまでとこれから。 Designer’s Interview

−スタートした当時のエピソードを教えてください

創業時は、私だけでスタートしました。現在、11人のスタッフがいますが、それをすべて1人でやっていたので、今思うと我ながらよくできたなあと思います。デザイン以外でやることがたくさんありました。サンプルの依頼、展示会の準備、集客やDMの発送、アポの調整などさまざまでしたね。展示会をする場所もなかったのですが、近くのアンティークショップのオーナーがよくしてくれて、「うちでやれば」と言ってくださったんです。最初の3回はそこで開催しました。受注表を作り、受注をもらって、修正して工場に発注、製品が上がってきても出荷する場所がないので、工場の軒先を借りて。夏は炎天下、冬は寒い中で、外で出荷作業していましたね。それが本当に最初で、そこから1人、2人という感じでスタッフが増えていき、現在のスタイルになりました。

そのときから変わらないのが、1人でやろうが10人でやろうが、”残る”ブランドになりたいという思いです。毎日の売り上げはむしろあまり考えていなくて、お金よりもまずブランドとして残っていけることを考えようと思いました。過去にファッション業界で15年ほどの経験があったので、どうやってブランディングしていくかということは、ずっと念頭にありました。

−確かに、ファッション業界はサイクルが早くて、長くブランドが残ることが難しそうな印象です

その通りだと思います。これまでにも何度も“近い”ライバルが出てきましたが、出てきては消え、出てきては消えとそんな感じでしたね。競合ブランドもいくつかありましたが、いつの間にか消えてしまったものもありました。

−どうしたら残ることができるか、具体的にはどのように行動されたのですか

それこそ〈エルメス〉や〈シャネル〉のように、世界的に有名なバッグブランドの特徴はなんだろうと考えたんです。たどりついた答えが“金具”でした。それがなければわからないというバッグもたくさんありますから。そこで、やはり金具に特化したいと思うようになったのです。
実は25歳のときに、アパレルに入社して洋服を作っていたのですが、当時はバブルだったこともあり、いきなりブランドを任せてもらったことがありました。そのとき社長に「ファスナーリフト(ファスナーの引手部分)」をオリジナルで作りたいとお願いしました。当時、誰もそんなことをやっていなかったのですが好きにやっていいと言われてデザインをしてみたんです。当時はまだ真鍮ではなくて、古い金型で作ったようなものでしたが、自分が描いた図面が金属で形になってくることの喜びを、そのときに感じてしまったんですよね。

−そこからバッグの金具につながっていったということですね

はい、ファスナーリフト以外にもボタンなども作りましたが、ただやはり洋服ではサイクルも早く、そういったこだわりを継続して実現するのが難しかったです。そんなこともあったので、バッグで表現したらどうだろうと思うようになりました。真鍮の金具作りには先行投資が必要でしたが、多少お金がかかっても作りたいという気持ちが強くて。そんなときにいい金具屋さんと出会ったんです。やはり何かに特化すべきだと思っていたところ、彼も真鍮金具をやりたいとのことで、私が思っていた気持ちと合致しました。今も一緒に仕事をしています。1995年からだから、もう25年以上経ちますね。

−その方とは、どのようにコミュニケーションをとられて進めてきたのですか

真鍮金具は簡単にできるものではないので、僕自身いろいろと教わりながらやってきました。相談したり、ケンカしたりもありました(笑)。でも同じ目標に向き合えたことが大きかったですね。職人による手作業なので、きちんとやらなければきれいな形にできないということもあって、ある程度作りを理解しながら、何度もスケッチを描いてはやり直しながら、オリジナルを作っていくという感じです。なにかと手間がかかるけれど、これは独自の金具を中心にしたアイコンのブランドになり得るんじゃないかというふうにも思えましたね。それで、ひとつひとつ金具のデザインをするようになり、気がついたらオリジナル金具は100種類くらい。ファスナーリフトだけでもおそらく17〜18個くらいあるんじゃないかな。もはやよくわからないくらい作っていますね(笑)。でもブランドのアイコンとして定着するまでにはなったと自負しています。

−金具を特徴とするブランドとして、ブランディングはどのように意識されてきたのでしょうか

もちろん金具がついてることで「欲しくない」と思われるのは絶対嫌でしたので、金具がついていることでそのバッグの価値を高めるデザインにしていくことが目標でした。レザーと真鍮金具という組み合わせは、基本的に15年間変えていなくて、価格帯も特に変動していません。ただ言えることは、ファッションの波というのはものはすごくありますから、そこにうまく乗って行けるようにということは意識しています。時代に合わせて常にマイナーチェンジを重ねています。

−これまでに、ユーザーからはどのような声がありましたか

正直、真鍮金具のこだわりというのはどちらかというと、男性が好きな印象がありましたが、意外にも共感してくれる女性のお客様が非常に多かったので、びっくりしたと同時に嬉しかったですね。お客さまからは「金具で安っぽいのは嫌なので」といった逆説的な言い方が多かった。逆に安っぽくないのがうちの金具なので、そこは言い方を変えれば「嫌じゃない」ということ。「嫌じゃない」ってやっぱりすごく大事なことだと思っています。

−具体的にはどういうことでしょう

バッグの場合、ファッションの一部ではあるのですが、決してメインではないんです。あくまでも、料理でいうと横にある副菜的なものというか。主張するバッグもあるのでしょうけど、自分としては望んでいません。やっぱりいろいろなファッションに合わせられるという方がいい。あとは、洋服を作っていたときに思ったのが、女性ってすごく欲張りなので、マルチに使えるものを欲しがるなと。そういう意味では女性に向けたバッグはいろいろなシーンで持っていても恥ずかしくないものを作らないといけない。そんなことが念頭にありましたね。

−金具とともに素材へのこだわりも強く感じられますが、レザーの調達はどのようにされているのですか

実は革というのは、一枚で買ってくるとどうしても端を使えなかったりするんです。大袈裟なことをいうようだけど、自分としてはその革を最終的に成仏させてあげるためにもなるべくすべて使い切ってあげたいと思うんです。それはおそらく工場の方も同じ気持ちだと思います。そこで、まるっとすべて使える革はないのかといろいろ探したときに最初に出会ったのが、“タンニンゴート”というヤギ革でした。タンニンなめしの美しい革で、端の方も綺麗にトリミングされていて、すべて使える状態になっていたんです。それで「これだ!」と。真鍮金具とタンニンゴートは、自分の中の武器に、ブランドの持ち味にしていこうと思いました。今では新たに、手塗りによる微妙なツートーンがニュアンスカラー好きのお客様から圧倒的な支持を得た“リザード型押し牛革”も定番となりました。材料探しは、自分の足で探しに行くのが当たり前のことだと思っていますし、今でもそのようにしています。

−自分の足で材料を探し、デザインして、営業もする。一連のものづくりを通して、坂井さんが特に大事にされてきたことはありますか

1人でなんでもやることは、やる気になれば誰でもできることだと思うんです。でもそのときの覚悟が大事かなと。自分は「絶対失敗しないぞ」と言い聞かせていました。自分でお金を出す以上は失敗できないと、そういう思いでやってきたので、一段一段、階段を踏みしめながら歩いてきたという感じです。
あとは、「どうやったら残れるか」を考えたときに、結局、地道な努力しかなくて、手間や時間のかかることをしっかり積み上げていくことなんだなと。ファッション業界は、コピーも多い世界ですが、誰も真似できないオリジナルがあれば、コピーされることも少なくなりますしね。

−これからの展望をお聞かせください

バトンをつないでいくことをやっていかないといけないと思っています。それは、これからの自分のテーマでもあります。新しくMICAIを作ったのも、それが大きな理由でした。ある程度トップダウンでない動きの中で、スタッフにはものづくりをしていってもらいたいし、それをまた違う売り方で売ってもらう。そんな新しいスタイルができたら。急激に変わることはしたくないので、今あるヒューマンリソースを含め、実際やってきたことをさらにバージョンアップする、次のステージでやっていくことを目指せたらと思っています。
ユーザーに「投資する価値がある日本のバッグと言ったらトフだよね」といってもらえるような安心できるブランド。「ここのだったら間違いない」と母から娘にバトンを渡してもらえるようなブランドになれたらと思っています。世代は変わっても残る、それが本当の意味でのブランディングだと思いますので。

−バトンを渡した以降も持続可能なブランドであり続けて欲しいという思いが感じられます。

そうですね。靴の歴史に比べるとバッグの歴史というのは全然新しいんです。世界のブランド見たときに、オリジナルの真鍮金具でこだわりを持ってやり続けているブランドというのはたぶんどこもない。そういう意味でも、“安心”と並列して、“革新”というのも当然必要な要素になってくる。といっても奇抜なことでなく、ずっと「特別な普通」であり続けたい。これからもそういうバックブランドでありたいと思ってます。

デザイナー坂井一成

T&L代表 兼 TOFF&LOADSTONE/MICAI デザイナー。
小学生の時にファッション道に進むことを決意し、学生時代にセレクトショップ「SHIPS」の前身である「MIURA & SONS」でアルバイトとして販売員を経験。その後、ウィメンズのファッションデザイナーを経て、独学でバッグデザインを始める。
ブランド創立から、各セレクトショップを通し数々のバッグを日本の女性へ提案してきた。
創業15周年を迎え、新しいコンセプトのバッグブランド<MICAI>をスタート。

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